ベーシックインカム 101

話題になっているニュースの紹介やオピニオンの掲載

社会保障は避けて通れない

社会保障としてのベーシックインカム

本稿では社会保障としてのベーシックインカム について考えたい。なぜならベーシックインカムの実現には社会保障の制度変更が避けて通れないからである。

※解釈に疑念がある場合はベーシックインカムの定義も参照してほしい。

現行の社会保障はいくつかの制度から構成されている。例えば年金や健康保険などがある。ベーシックインカムが軌道に乗れば、社会保障の軸となるだろう。いくつかある制度をまとめてシンプル化するのが利点なのだから、既存の制度は置き換えないわけにはいかない。ただし、すべての社会保障制度を置き換えるわけではなさそうだ。

ベーシックインカムはいわゆる所得保障の分野の役割を果たすことを目指す制度だ。所得保障とは、具体的には年金や生活保護を指す。一方で、健康保険をベーシックインカムにカバーさせることは難しい。例えば、高額医療費制度をベーシックインカムで置き換えることが現実的だとは思えない。また、逆に所得保障の範囲外だからといって健康保険をなくすべきでもない。

オペレーション面の課題

では、ベーシックインカム社会保障の枠組みのなかに位置付けられるということは、何を意味するのだろうか。1つ言えるのはベーシックインカム社会保障に組み込むのは時間のかかる重い作業だということだ。

それはとても難しい。どれほど難しいかは、既存の社会保障改革がどれほどの大仕事かを振り返れば容易に想像できる。「税と社会保障の一体改革」について考えてみよう。なぜ税と社会保障を一緒に改革しなければならないかは簡単な話で、社会保障は国家予算の最大の支出であり、税収は最大の収入源だからである。出口を大きく変えるなら、入口も触らないわけにはいかないというわけだ。

いくら日本の内閣がころころ変わっていたとはいえ、社会保障はそれこそ内閣が吹っ飛んでしまうような課題のかたまりだった。

例えば、社会保障の1つに年金がある。2018年現在では、年金の原資は社会保険料として税金とは別立てで徴収されている。実態として強制性があるならば歳入庁として一括で取り立ててればいいという指摘もあるが、現実にはそうなっていない。財務省厚労省が別々にやっている。年金や生活保護を所得保障として一本化するのであれば、当然この整理を済ませなければ話が進まない。

日本でもようやく政治主導が板についてきたが、それでもこの手のドラスティックな変化は容易ではないだろう。少なくとも有権者からの政策への深い理解や強固な支持が必要である。なぜなら、むろん、こういったオペレーション面の改革には、骨抜きにしようとする思惑が渦巻き、巻き戻しやしぶとい反発といった局面も予想されるからだ。

再分配による社会設計

ベーシックインカム実現にあたって、オペレーションの改革の奥深くに、より本質的な課題も隠れている。再分配の問題である。

トマ・ピケティ『21世紀の資本』以降、米国を中心に「トップ1%」への資本の偏りが世代を超えて継承されていることが問題視されている。要するに現行の先進諸国の制度では格差は開いていく一方だということが歴史の傍証とともに示されたのだ。これを世界最先端の社会問題と呼んでもいいだろうし、構造としては貴族制に近いと形容できなくもないので古くて新しい問題とみなすこともできる。

※ピケティによる「発見」については2014年時点のTEDの動画 New thoughts on capital in the twenty-first century でも要点がまとめられている。

いずれにせよ、再分配は社会のグラウンドデザインに関わる課題であることに違いはない。早い話が、再分配とは「金持ちから貧乏人にカネを回す」政策である。それをいかに適正に行うかという知恵をこらす要素はあるが、基本的な発想としてはそんなに複雑ではない。

なぜそんなに再分配が大切なのだろうか。陳腐に聞こえるかもしれないが、まず、再分配は平和に欠かせない。極端な格差とその固定化は、戦争やテロを招く。しかし、うまく所得が再分配されていれば出自に縛られず教育やその他のリソースを入手できる。こうした教育投資効果の議論は別稿に譲りたい。

@oecdtokyo

あえて大げさに表現すれば、次の10年の未来像を決めるのは再分配の設計次第なのだ。本稿では精緻な議論はできないが、こういった共通認識がベーシックインカムを軌道に乗せるために欠かせない。

さて、制度設計にあっては下敷きとして「再分配の三角形」が適していることを示しておきたい。

参照: ‪インフレを引き起こさずにベーシックインカムを実現するには‬

この図は再分配政策の理想状態を示している。再分配の関数が満たすべき要件は次の通りだ。

  • 黄色と青斜線の三角形の面積が等しい
  • 調整後にも単調増加である

青斜線の三角から黄色の三角へ所得が移動させられる。次のような疑問がわいてくる。ベーシックインカムは一律の額を支給する制度なのに、なぜグラフでは所得によって支給額に差が生じている(ように見える)のか。それは、税金の負担と相殺されているからである。詳しくは「負の所得税」の議論も参照されたい。

三角形の面積さえ等しければよいというのはかなり柔軟である。つまり、別に分配の手段はベーシックインカムでなくてもよい。効率性の観点からベーシックインカムは優勢な候補にはなるだろうが、必須の要件ではない。徴税も、所得税が現実的だが、技術が発展すれば固定資産税も視野に入るかもしれない。あるいは時間軸を伸ばして相続税をメインにすべきとの案もある。

調整後にも単調増加という要件は、働くインセンティブを確保するうえで欠かせない。現行制度は、単調増加を満たしていない「崖」と呼ばれる制度の溝がある(米国の例を下掲した)。有名どころでは、パートタイムで働くときに扶養から外れないように時間を抑えるという悪習がある。本来であれば働きたいだけ働くのが望ましい。

参照: What Would Happen If We Just Gave People Money?

三角形の面積と単調増加。この2つの要点が一目でわかるのが「再分配の三角形」の図の利点であり、議論のフレームワークとして適している理由である。

ともかく、こういった再分配への共通認識が基盤としてあればベーシックインカムを力強く推進できるであろうと筆者は信じている。たしかに難しい課題だが、取り組む価値のある課題だ。