ベーシックインカムによる富の再分配
【目次】
■市場原理の機能不全を防ぐ
介入なしの市場原理のもとでは資本家に富が集中していくことが指摘されている。例えば近年で広く知られた研究結果としてはトマ・ピケティによる『21世紀の資本論』がある。
資本家に富が集中すると労働者が購買力を失い、市場が機能不全を起こす。そこに政府による徴税と再分配を設けることを考える。そうすると単に低所得者の生活が安定するだけでなく、ボリュームゾーンにあたる中間層の労働者が購買力を増して経済を循環させることが期待できる。生活基盤があれば、次世代を生み育てる環境に繋がる。また事業を起こし貢献する者も増えるだろう。
このように富の格差の傾斜をなだらかにすることで市場原理の機能不全を防ぐという意味では、ベーシックインカムは資本主義的な政策と言える。
また理論的な補強として『価格を通じて需要と供給が一致するような競争的な市場は、功利主義者が唱えるような「最大多数の最大幸福」を達成することができない』とする最近の経済学の知見も興味深い。
「市場の限界」について、かなり気合を入れて書きました。現在進めている研究内容を一般向けに噛み砕いて紹介した記事です。結論は当たり前のように聞こえるかもしれませんが、経済学者にとっては「目から鱗」かも!?... https://t.co/HrRpD0265t
— 安田 洋祐 (@yagena) March 30, 2016
■給付付き税額控除
実務的にベーシックインカムは「給付付き税額控除」として落とし込みやすいと言われている。
ベーシックインカムと聞くと毎月数万円が口座に振り込まれるような印象を受けるが、給付付き税額控除となると所得税の税率ごとに給付額が変わる。つまり税制しだいでは高所得者は負担のほうが大きくなることがありうるのだ。例えば都内で正社員として働くような人であれば「年末調整で返ってくる額が増えたな」あるいは「天引きが減って手取りが少し増えているな」くらいの認識に落ち着くと考えられる。
これを踏まえると、一律の金額が給付されるとの誤解を避けつつ政策パッケージの利点が認識されるよう宣伝を行うことが望ましい。例えば「所得の中央値に位置する人の場合」、「最低賃金でフルタイム働いている場合」などのモデルケースを提示していくことは有用だろう。
■実際の給付額は月10万円?
ベーシックインカムの議論には給付額とそれを賄う財源の話が付いて回る。ここでは算出の根拠となる既存の社会保障制度について考えてみたい。
例えば日本の場合、生活保護の3級地の額が参考値として有効ではないか。生活保護は世帯単位であり個人単位のベーシックインカムとは相いれないが参考にはできる。具体的には、おおよそ1人あたり8〜10万円となる。ここから障害者への加算は別立てにして、物価の違いは自治体ごとに差額を加算することが考えられる。実質的には税負担と相殺されるので、例えば中央値くらいの収入を得ているひとが10万円貰えるわけではないことに留意したい。
■応能負担への道筋
再分配を主旨とすれば財源の候補は絞られる。フロー課税としては所得税(個人・法人)を中心に据え、ストック課税としては相続税が候補にあがる。
特に金融資産(特に株式)から得た収益の分離課税はBIに関係なく直ちに廃止すべきだろう。日本では長らく年間所得が1億円を超えると実効税率が下がる「逆転現象」が起きている。高所得者は本来45%のところ分離課税によって20%しか納めていない*1。
一方、所得や資産などの直接税は課税対象を把握する難易度が高い特性がある。むろんその特性自体を理由に財源から外してよいはずはなく、マイナンバー制度の普及を含め執行機関の徴税能力を高めていくことが望ましい。また特に法人税については国際協調が欠かせない。個人に対しては国外転出時課税が整備されているが法人成りによる迂回がありうるので、そこも含めた国際的なルール整備が求められる。むろん各国による対策は進められており、昨今OECD加盟国などで議論されている。
OECDが昨日公表した、デジタル経済の課税に関する税制見直し提案が、日経の一面に掲載されました。
— OECD東京センター (@OECDTokyo) October 10, 2019
法人税収 各国に配分:日本経済新聞 https://t.co/0hIE8pTd1A
現在は多額の利益をあげている国際企業に対する課税が議論されており優先度としては正しい判断だろう。消費税は地方自治体の裁量に任せた財源とすることが考えられる。
■所得税の累進課税
歴史を紐解くと大戦後、戦勝国の英米ですら個人所得税の最高税率が9割代の時代があった。特に米国は再分配の傾向を弱め続け、建国から連綿と続く「アメリカンドリーム」を育む土壌を失った。
米国の超裕福層は1950年には所得の75%を税金として納めていた💸📈
— ベーシックインカム101 (@BasicIncomeJp) October 7, 2019
2018年には23%にまで低下して最も低い税率の恩恵に浴した🤷♀️🤷♂️https://t.co/YJLVCSLjoJ
また戦後の日本でも最高税率は85%に達する時代があった。むろん最高税率を上げるのを前提にするのではなく、憲法25条の理想を実現しうる制度は何%なら帳尻が合うのか試算していくべきだ。
参考までに戦後の各種税金の推移を集計してみた。
概ね、所得税は個人法人問わず下がり続けている。特に先述の通り分離課税(配当、譲渡益)は正当化のしようがない。一方、とりわけ目立つのは社会保険料の一貫した上昇である。いわば社会保険料は税率固定のフラットタックスなので累進性はない。所得税であれば各種控除があるので実効税率は抑えられるが社会保険料は基本的に一律である。例えば協会けんぽを想定して本人負担が国保の半額として算出すると、2016年時点で年収が500万円の所得税はせいぜい実質5%だが社会保険料は約23%となる。いわゆる「天引き」がこれにあたる。このように日本の税制は総じて逆進性を強めてきたと言ってよいだろう。
なお高額所得者になるほど金融所得のうち株式譲渡が占める割合が高まっており、年間50億円超の場合は実に86.5%まで達する。
こういった実態を踏まえて税制の改善を考えていきたい。