ベーシックインカム 101

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ベーシックインカムを「最低所得」と呼ぶ利点

ベーシックインカムを直訳すると「基礎所得」やそれに類する言葉が候補に上がるだろう。

しかし、ここでは直訳ではなくUBI (universal basic income; ベーシックインカムのこと) を政策としてパッケージングするときに適切な名前を考えたい。言うまでもなく、絶妙な名称は概念の理解を容易にし、ついては政策の実現を早める可能性さえ秘めている。

結論としては、本稿では「最低所得 (minimum income)」を推したい。理由は3つある。

  1. すでに広い認知を獲得している「最低賃金 (minimum wage)」から類推できるためUBIの概要が伝わりやすい。‬
  2. 憲法第25条「健康で文化的な最低限度の生活」というの条文を由来として参照できる。国家の根幹をなす政策に適切な命名である。
  3. あくまで「最低」であるため、出費に無駄がない印象を与える。ムダ遣いなのではないかという警戒を避けられる。

こういった利点から「最低所得」という名称は支持者を増やすのに有利に働くだろう。

なお、本ブログでは「所得保障」という呼称を用いていることもある。正確にいうとUBIは所得保障を実現する1手段として位置付けている。また、「所得保障」はUBIと性質が近しい保険商品の一般名称でもある。

BIEN 2019 国際会議の論文募集が開始 思想史が焦点に

英国、ケンブリッジ大学にて 2019-09-14 に開催予定の国際会議にむけて論文の募集要項が公開された。


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募集テーマは「ベーシックインカムの知的歴史」。UBIが思想や政治的にどのように発展してきたかが焦点となる。1960-70年代の産業化に呼応して、どのようにアイデアが生み出されるに至ったかなどが含まれる。

 

BIEN (Basic Income European Network) はベーシックインカムに関心のある個人や組織の交流や議論の醸成を目的に1986年より運営されている非営利組織。欧州地域を中心に2年ごとに国際会議を開いている。

 

プロポーザルの締切は2018-09-01。詳しくは Call for Papers: An Intellectual History of Basic Income から確認できる。

 

 

社会保障は避けて通れない

社会保障としてのベーシックインカム

本稿では社会保障としてのベーシックインカム について考えたい。なぜならベーシックインカムの実現には社会保障の制度変更が避けて通れないからである。

※解釈に疑念がある場合はベーシックインカムの定義も参照してほしい。

現行の社会保障はいくつかの制度から構成されている。例えば年金や健康保険などがある。ベーシックインカムが軌道に乗れば、社会保障の軸となるだろう。いくつかある制度をまとめてシンプル化するのが利点なのだから、既存の制度は置き換えないわけにはいかない。ただし、すべての社会保障制度を置き換えるわけではなさそうだ。

ベーシックインカムはいわゆる所得保障の分野の役割を果たすことを目指す制度だ。所得保障とは、具体的には年金や生活保護を指す。一方で、健康保険をベーシックインカムにカバーさせることは難しい。例えば、高額医療費制度をベーシックインカムで置き換えることが現実的だとは思えない。また、逆に所得保障の範囲外だからといって健康保険をなくすべきでもない。

オペレーション面の課題

では、ベーシックインカム社会保障の枠組みのなかに位置付けられるということは、何を意味するのだろうか。1つ言えるのはベーシックインカム社会保障に組み込むのは時間のかかる重い作業だということだ。

それはとても難しい。どれほど難しいかは、既存の社会保障改革がどれほどの大仕事かを振り返れば容易に想像できる。「税と社会保障の一体改革」について考えてみよう。なぜ税と社会保障を一緒に改革しなければならないかは簡単な話で、社会保障は国家予算の最大の支出であり、税収は最大の収入源だからである。出口を大きく変えるなら、入口も触らないわけにはいかないというわけだ。

いくら日本の内閣がころころ変わっていたとはいえ、社会保障はそれこそ内閣が吹っ飛んでしまうような課題のかたまりだった。

例えば、社会保障の1つに年金がある。2018年現在では、年金の原資は社会保険料として税金とは別立てで徴収されている。実態として強制性があるならば歳入庁として一括で取り立ててればいいという指摘もあるが、現実にはそうなっていない。財務省厚労省が別々にやっている。年金や生活保護を所得保障として一本化するのであれば、当然この整理を済ませなければ話が進まない。

日本でもようやく政治主導が板についてきたが、それでもこの手のドラスティックな変化は容易ではないだろう。少なくとも有権者からの政策への深い理解や強固な支持が必要である。なぜなら、むろん、こういったオペレーション面の改革には、骨抜きにしようとする思惑が渦巻き、巻き戻しやしぶとい反発といった局面も予想されるからだ。

再分配による社会設計

ベーシックインカム実現にあたって、オペレーションの改革の奥深くに、より本質的な課題も隠れている。再分配の問題である。

トマ・ピケティ『21世紀の資本』以降、米国を中心に「トップ1%」への資本の偏りが世代を超えて継承されていることが問題視されている。要するに現行の先進諸国の制度では格差は開いていく一方だということが歴史の傍証とともに示されたのだ。これを世界最先端の社会問題と呼んでもいいだろうし、構造としては貴族制に近いと形容できなくもないので古くて新しい問題とみなすこともできる。

いずれにせよ、再分配は社会のグラウンドデザインに関わる課題であることに違いはない。早い話が、再分配とは「金持ちから貧乏人にカネを回す」政策である。それをいかに適正に行うかという知恵をこらす要素はあるが、基本的な発想としてはそんなに複雑ではない。

なぜそんなに再分配が大切なのだろうか。陳腐に聞こえるかもしれないが、まず、再分配は平和に欠かせない。極端な格差とその固定化は、戦争やテロを招く。しかし、うまく所得が再分配されていれば出自に縛られず教育やその他のリソースを入手できる。こうした教育投資効果の議論は別稿に譲りたい。

@oecdtokyo

あえて大げさに表現すれば、次の10年の未来像を決めるのは再分配の設計次第なのだ。本稿では精緻な議論はできないが、こういった共通認識がベーシックインカムを軌道に乗せるために欠かせない。

さて、制度設計にあっては下敷きとして「再分配の三角形」が適していることを示しておきたい。

参照: ‪インフレを引き起こさずにベーシックインカムを実現するには‬

この図は再分配政策の理想状態を示している。再分配の関数が満たすべき要件は次の通りだ。

  • 黄色と青斜線の三角形の面積が等しい
  • 調整後にも単調増加である

青斜線の三角から黄色の三角へ所得が移動させられる。次のような疑問がわいてくる。ベーシックインカムは一律の額を支給する制度なのに、なぜグラフでは所得によって支給額に差が生じている(ように見える)のか。それは、税金の負担と相殺されているからである。詳しくは「負の所得税」の議論も参照されたい。

三角形の面積さえ等しければよいというのはかなり柔軟である。つまり、別に分配の手段はベーシックインカムでなくてもよい。効率性の観点からベーシックインカムは優勢な候補にはなるだろうが、必須の要件ではない。徴税も、所得税が現実的だが、技術が発展すれば固定資産税も視野に入るかもしれない。あるいは時間軸を伸ばして相続税をメインにすべきとの案もある。

調整後にも単調増加という要件は、働くインセンティブを確保するうえで欠かせない。現行制度は、単調増加を満たしていない「崖」と呼ばれる制度の溝がある(米国の例を下掲した)。有名どころでは、パートタイムで働くときに扶養から外れないように時間を抑えるという悪習がある。本来であれば働きたいだけ働くのが望ましい。

参照: What Would Happen If We Just Gave People Money?

三角形の面積と単調増加。この2つの要点が一目でわかるのが「再分配の三角形」の図の利点であり、議論のフレームワークとして適している理由である。

ともかく、こういった再分配への共通認識が基盤としてあればベーシックインカムを力強く推進できるであろうと筆者は信じている。たしかに難しい課題だが、取り組む価値のある課題だ。

ベーシックインカムに所得制限? 日経トップ記事の誤解

こんにちは、ベーシックインカム警察です。土曜日の日経1面のトップに看過できない記事が掲載されているため注意喚起をしたくブログにします。

 

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所得制限を前提にした試算は不適当

記事は、第一生命経済研究所の星野氏による試算として所得制限のケース別でベーシックインカムに必要な予算を紹介しています。

 

希望は消費拡大に向けベーシックインカム(最低生活保障)の導入も打ちだした。同研究所の星野卓也氏によると、月に6万5千円を支給する場合、現役世代の1割弱を占める年収200万円未満の世帯に対象を絞っても年5.9兆円が必要。300万円未満なら11.5兆円、400万円未満なら18.3兆円と必要な財源は増える。

財源当てなき公約競争 衆院選、主要各党が公表 目立つ曖昧さ、論戦に課題 :日本経済新聞

 

この試算は所得ごとに対象者を絞ってしまっています。これはベーシックインカムの最大の利点である全対象者への一律給付というシンプルさを損なってしまう、妥当性の極めて低い試算だと評価せざるをえません。

 

たとえ、「所得制限を設けたとしてもこれほどの予算が必要である」という意図のもと前提が組まれたとしてもそれがベーシックインカムの予算という文脈で紹介されている以上、読者に誤解を招く可能性が高く、不適当であるといえます。

 

ベーシックインカムの定義

ベーシックインカムの比較的広くコンセンサスの取れた定義は下記を参照してください。

定期的な現金での給付で、資産調査や労働要件なしにすべての個人に無条件に提供されるもの。

[ベーシックインカムの国際組織BIENが公開している定義](http://basicincome.hateblo.jp/entry/2016/11/13/international-biens-clarification-ubi)

 

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意図的なのか、単なる認識間違いなのか、同日の別記事でも「低所得層に現金を配る最低生活保障(ベーシックインカム)」と紹介するなどミスリーディングが散見されます。たしかに高所得層はベーシックインカムの給付よりも税負担のほうが大きくなることは十分考えうるのですが、それをもって「低所得層に現金を配る」と表現するのは不正確です。

 

所得制限を設けた場合のデメリット

今回の反省を活かすために、あらためていかに所得制限がベーシックインカムを台無しにしてしまうかを考えてみましょう。ここでは代表的な2つの問題点をあげてみます。

  • 労働のインセンティブを歪めてしまう。現行の扶養控除による「105万円の壁」や「130万円の壁」と呼ばれる歪みと同様。
  • 所得調査が必要になる。給付にあたっての行政コストが増大する。

 

もし予算を低く抑えたいのなら

世界各地で実験が行われている([OECD発行の報告書](http://www.oecd.org/employment/emp/Basic-Income-Policy-Option-2017.pdf))ものの、ベーシックインカムはまだ得体の知れない政策ではあります。ついては、まずは少ない予算で始められる「小さく生み、大きく育てる」方針を模索するのは悪くない落としどころでしょう。

だからといって所得制限や労働要件なんかを設けてしまうと先述の通り社会の経済活動に歪みをもたらしてしまいます。そこで、「こんな制限ならばベーシックインカムインカムの利点を損ないにくいので許容範囲だ」という案を2つほど掲げておきます。

 

  • 給付額を少なくする。月額3万円くらいから給付を開始させる。ただし、単体で十分な額の給付ではなくなるため、より多くの既存の社会保障制度と並存させることになり一時的にではあれ行政コストが逆に肥大化する恐れがある。
  • 年齢制限を設ける。[ベーシックインカム案 - ニコ百](http://dic.nicovideo.jp/id/5438825)の試算で未成年への給付は3割に抑える形で採用されている。年齢は生年月日だけで計算可能なので把握が容易である。一種の「差別」ではあるが若年者への年齢制限は投票権や運転免許など社会で広く受け入れられている。ただし、少子化対策の効果は薄れる恐れがある。

 

以上です。

 

 

 

‪インフレを引き起こさずにベーシックインカムを実現するには‬

収支のバランスが取れればインフレは起きない

長期的に安定してベーシックインカムを供給するには、人々の手に渡る量と同額を税金で賄うしかない。

直感的には、下掲のグラフが理解の助けになる。図中の2つの三角形の面積が等しいとき、インフレは起こらない。

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Ref. Finland plans to give every citizen 800 euros a month and scrap benefits : worldnews

この図はフィンランドでの1例だが、図中の所得税 (income tax) は1つの徴税の例でしかない。例えば所得税でなくとも相続税などより時間軸の長い資産課税も考えうる。いずれにせよ、収支さえ帳尻があえばインフレは起こらない。

ここで1つ留意したいのは、税額はトータルで支出と帳尻が合いさえすればよいということだ。極論では、人口のトップ1%が税収のほぼ全額を賄っていてもベーシックインカムはインフレなしに成立するともいえる。これはロボットによる自動化がもたらす資本の集中を考慮すればそれほど非現実的なシナリオでもないだろう。

こうして見てみると、ベーシックインカムの実現には再配分の要件の醸成が避けられないことがよく分かる。

そもそもインフレは避けるべきものなのか

インフレは人々の財産を毀損する忌むべき存在だろうか? テーマを絞るため当記事ではインフレ自体の是非は細やかに議論しないでおくが、インフレは大まかに次の通り分類でき、どうやら前者の状態が望ましいらしいと述べるにとどめておく。

  • 年率 1-5% くらいの「マイルド・インフレ」
  • それ以上。年率 26% 超の物価上昇「ハイパー・インフレ」を含む(他国への賠償金や無計画な貨幣の増発などが要因)

なお、本稿では長期的なモデルを扱うにはヘリコプターマネーは役不足であると例示しているが、シニョリッジを断続的に税金を肩代わりする一手段として見る分には問題ないだろう。

ベーシックインカムとインフレの関係

ベーシックインカム (UBI) は物価上昇 (inflation) を引き起こすのか? 『Utopia for Realists』の著者であるラトガース・ブレグマンの Quora での回答の要旨は次の3点だ。

  • ベーシッカムインカムがインフレを引き起こすかは原資の調達方法による
  • たんに紙幣を刷って配るヘリコプターマネーと呼ばれる方法の場合は間違いなくインフレを引き起こす
  • 現行の社会保障制度と同じように税を財源とした場合は、財とサービスに見合った分の資金しか出回らずインフレにならない
    • ただし、それは納税者が働くのをやめてしまうと成り立たなくなり、インフレを引き起こす
    • 実際のところ人はベーシッカムインカムを受け取っても働くのをやめない
    • その科学的なエビデンスについて著書『Utopia for Realists』にて3章分のページを割いて書いた

要するに帳尻が合っていないとインフレになってしまうという主張である。

Ref. Won't a universal basic income raise inflation? - Quora

ピケティ節でフランス国内の足並みそろわず

f:id:ymkjp:20170305222645j:plain “Move away from the comfortable abstractions that often characterise this debate” – FRANCE: Piketty’s comments on basic income cause confusion | Basic Income News

一般の理解とは裏腹に、ピケティは「いわゆるベーシッカムインカム」を支持しておらず、例えば BIEN が定義しているようなベーシッカムインカムは「一部賛成」でしかないそうだ。

あらためて BIEN の定義を知りたい場合は下記の過去エントリを参照してほしい。

basicincome.hateblo.jp

記事ではピケティの見解はフランス国内に混乱をもたらしているとしている。一見、細かい制度論での齟齬とも取れるが、しかし一方で定義から外れていることは明らかであり、今後の展開を注視していきたいところだ。

スイス国民投票の立役者 ダニエル・シュトラウプ

http://m.dw.com/en/basic-income-for-the-swiss/a-19016377 Basic income for the Swiss? よりダニエル・シュトラウプ氏

FiveThirtyEight の記事 What Would Happen If We Just Gave People Money? にてスイスでベーシックインカムの是非が問われた国民投票のストーリーが紹介されている。スイスの著名実業家のスピーチで感化されたシュトラウプが、数百人のボランティアとともにスイスの憲法改正のために必要だった126,000の署名を集めたそうだ。

f:id:ymkjp:20170305214856p:plain What Would Happen If We Just Gave People Money? | FiveThirtyEight

同記事に掲載の図表。複雑な制度により「崖 (cliffs)」ができてしまっていることから貧困層向け福祉政策の非効率さが見て取れる。

Behind The Swiss Unconditional Income Initiative - Business Insider にて掲載されている彼のインタビューも2点ほど抜粋して紹介してみよう。

BI (Business Insider): 2,500スイスフランの金額はどのように決まったのですか?これはスイスでどのような生活水準に相当しますか?

DS (ダニエル・シュトラウプ): それはスイスのどこに住んでいるかによって決まります。平均的には、適度なライフスタイルで十分です。

補足すると、「平均的には」というのはポイントになりそうだ。つまり便利で物価の高い都市部に住むにはベーシッカムインカムで受け取るよりも多くの賃金をえておく必要があるということだ。これは裏を返せば、物価の安い地方へ移住するインセンティブがあるということも意味することとなる。

BI: 最低所得がスイスの政府支出に与える影響は?

DS: スイスの無条件所得は、GDPの3分の1が無条件に配分されることを意味します。しかし、私はそれがこの社会に住む人々にすぐに分配されるので、政府の支出としてそれを数えなくてよいと思います。それは、各個人がどのようにお金を使うかを決めることができるので、政府の権限が少なくなることを意味します。

ベーシッカムインカムがもつ、「小さな政府」志向な側面も指摘されていた。見かけ上の予算よりも政府に委ねられる執行の裁量権は小さい。